昔、中学野球二番セカンドでした。
ずっと忘れないことがある。
一点負けていて、ノーアウト一塁。監督のサインは勿論二番バッター専用。
送りバント。敵味方も承知の必死のルール。
内野は、投球と同時に前にダッシュ。
一球目見送り・・。ひつこい相手のバント体制。監督のサインは変わらない。
僕は、二球目、変な思いに・・。外角ならば・・。流そう・・。
そして二球目は、なんと外角・・。サイン無視なんて・・。と思いながら。
左にバットを構え、ヒッティング。見事ライト前で、無視一塁三塁で。クリーンナップに・・。チャンス拡大。
試合終了後監督に呼ばれ大目玉。
お前のバント技術というより、お前の持っている性格は二番バッターに適していたのにと・・。次の試合より一番か六番と。二番に戻ることはなかった。
一番は、塁に出る。六番は、下位打線の前に勝負を決める。
二番とは、役目が全然違った。
『ルール違反と状況判断。』
社会に出て、ずっと向き合っていることでもある。
話は、変わり今日で集落の生産組合長も卒業。三期六年もやりました。
これでひとつ荷がおりました。
これから僕は、芝居と有機農業・・。に励もう。
ともに僕の場合。創造する力・・。でも頭よりも。
体を使って動く。これを第一に・・。頑張ろう。
ともに尊敬する師(演劇は栗原代表、有機農は三期の会の先生方)と仲間に恵まれました。ありがとうございます。
農協職員が行政の減反政策に従わないって・・・。時代を考えろ・・。
農協と生産組合から、かなり大目玉!!!
町内では、僕一人だそうです。ブロック減反謀反!!
でも今の僕は揺るぎません。
熱意を込めて、話をしました。だいぶ汗をかいた。だいぶ喉もかれた。そしてだいぶだいぶ疲れた・・。三日かけ、理解してもらった。
熱意が通じた。気持ちがいい。しこりはたぶんだいぶ・。
ということで24年度大豆畑の真ん中にイネの姿が・・。かっこいい。
大型ポンプ小屋が止まる・。
手動ポンプのカタログ・・。負けてもらっても10万だそうだ。
今年は、早朝六時にポンプ手動、昼と夕方にポンプ見回り確定!!
六月~九月は、小倉競馬にもいけない(笑)
久しぶりに、語った、叫んだ。熱意は大事だ。
・・今日はちゃんと家にいます(笑)
大型ブロック三割減反から、方向転換地域4割強の減反。行政は、目先の得を説く、地域は利益の為に、イネから大豆に走る。
よって、三年に一度の減反体制が崩れ、あの僕の35aの有機田も、大豆へ・・。本来は今年はイネ、来年は大豆。大豆の補助金がよく、喜ぶ地域に対して嘆く僕。
今年は、ここでみんなで有機をつくると決めたばかりなのに・・。
ブロック制なので、水をあげるポンプ小屋に鍵をかけます。協力してくださいと・・。
協力しません。自力で水をあげます。
昨年、ここで8月二日間の芝居公演直後、イネの穂が出てました。
その穂を今年は仲間と見たい。力強い僕のイネの茎のつくりを見せてあげたい。
昨日は、徹底抗戦でした・・。
したがって、朝メールで・・。迷惑をかけた方々ごめんなさい。
でもなんで今年に限って、自分の本気度を試されているみたいだ。
それにしてもポンプ代金10万円は痛い!!
自給率の低下は、間違いなく自然・環境の破壊につながる。
石油依存肥料の大地導入は、今後石油が高値を続けた場合、石油が枯渇した場合、そのあと大丈夫なのか。
一昨日の、わが農業クラブの会合でも、有機技術を高めていき、安全・安心の作物を作っていくことは勿論、有機農産物への啓もう活動を進めていくなど(内容はまだ具体的には内緒・・)有意義な時間を過ごした。
啓蒙・・。人々に正しい知識を与え、導くこと。
今の自分一番やりたいこと。大地を知り、味方にし、有機農技術を高め、安心・安全なものをつくる。顔のみえる農業の充実。農の六次産業導入時での対応。
でも有機イチゴに母が化学肥料を与えていた。豆類は水を嫌うに反して、イチゴは水が大好き。イチゴを植えてからずっと雨ふってなかったから、イチゴの身を案じて母が少し与えたみたい。僕は、イチゴは有機水和剤が一番であたえているのだが・・。僕が多忙につき、畑を一週間みてなかったばかりに。母は毎日畑に訪れる。僕は、最近の雨に安心して畑をさぼっていた。
農業とは、有機農とは毎日作物の顔をみなければいけない。
はたしてこれが、イチゴじゃなく米だったらどうだろう。
僕は有機米は、毎日顔を見に行く。
時間が、ほしい。本をもっともっと読んだり、田んぼに足を運ぶ時間が欲しい。仲間とコミニケーション(飲む)時間が欲しい・・。
啓もう活動の前に、たぶんすごくいま、焦ってます。
こおのパパに佐賀の米ほめられました。絶対お世辞じゃないっていわれました。嬉しい。
ひょっとして今日は、阿比留さんの誕生日。メールしらないからここでお誕生日おめでとうございます
でも来年はもっと忙しくなりそうです。TPP・・。
来年は、1つの有機団体に所属して、もう1つの有機団体を有志で立ち上げます。
来年は、親父からうけついだ「農」を自分なりに少しは「形」にしたい、それを「志」に動いていきたいと思っています。